藤島神社は建武中興・後醍醐天皇の功臣「贈正一位新田義貞公」を 主祭神としてお祀りする神社です。旧別格官幣社、現在神社本庁における別表神社。建武中興十五社の一つ。

由緒 沿革  (神社の歴史)

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 ご由緒(御祭神~藤島神社の歴史)

■ 所在地
〒918-8003
福井市毛矢3丁目8番21号
(足羽山中腹・商工会議所西側)

■ 連絡先
藤島神社社務所
TEL.0776-35-7010(代表)
FAX.0776-35-7012
URL http://nitta.or.jp/wp
メールアドレス info@nitta.or.jp

 

【 御 本 社 】

■ 御 祭 神(ごさいじん)
贈正一位 新田義貞公(源朝臣義貞公=新田大明神)
■ 御配祀神(はいししん=あわせておまつりしている神様)
贈從三位 新田義宗卿(源朝臣義宗卿)義貞公第三子=家督相続者
贈從三位 脇屋義助卿(源朝臣義助卿)義貞公弟=脇屋家祖
贈從三位 新田義顯卿(源朝臣義顯卿)義貞公第一子(嫡男)
贈從三位 新田義興卿(源朝臣義興卿)義貞公第ニ子
一族郎党殉難將士

【境内神社】

■ 野神神社 後醍醐天皇勾當内侍・藤原氏(世尊寺流從二位一條非参議經尹卿女)※新田義貞公夫人
■ 秋葉神社   秋葉大神(旧称・秋葉大権現)火之迦具土大神
■ 新田神社 新田家祖霊(旧称・新田大明神)※主祭神は新田義貞公
■ 歳德神社   八坂大神(旧称・祇園社)牛頭天王=素戔嗚尊、頗梨采女=櫛稻田姫命

 

■ 御鎮座の由来

新田家は清和天皇を祖とする清和源氏の流れを汲み、新田義貞公は八幡太郎義家朝臣から10代目の子孫に当たります。

 ◎清和源氏 新田家略系図(付足利家)
清和天皇ー(桃園宮)貞純親王―(六孫王)源經基―滿仲—賴信―賴義—義家—義國―義重(新田家初代)
義國長男義重―義兼—義房―政義―政氏―基氏—朝氏―義貞—義宗

  義國次男義康―義兼—義氏―泰氏―賴氏―家時—貞氏—高氏(尊氏)…室町殿〔北朝将軍家〕

代々関東の上野(こうずけ)国(群馬県)の新田郡に住み新田氏を称し、義貞公は新田家第七代・朝氏の嫡男として生まれました。

後醍醐天皇が鎌倉幕府を倒そうと二度目の計画をされた「元弘の変」(1331)の後、元弘3年(1333)密かに朝廷より大塔宮護良親王を通じて「綸旨」(天皇の命令書)を受けて、5月8日に地元の生品神社で一族とともに旗揚げされました。しかしその数は僅か150騎。鎌倉への街道を進んでいる間に、近隣の源氏同族や北條氏に反旗を翻す勢力、また足利勢力の合流があり、最後は20万騎に及んだと『太平記』には記されています。

自然の要塞であった鎌倉を落とすことは容易ではありませんでしたが、「稲村ケ崎の故事」もあり、遂に22日執権北條高時の鎌倉幕府を滅しました。

藤島神社では、この日を記念しまして毎年「記念祭」(きねんさい=大祭)を斎行いたしております。

鎌倉幕府が滅亡してから後、いわゆる後醍醐天皇の建武中興の政治が始まりますが、この時足利利尊氏が天皇に謀叛を起し、南北朝の動乱の時代となりました.

義貞公は「盡忠報国」の精神を以て後醍醐天皇に尽くされ、楠木正成公が湊川で戦死された後も、形勢不利の中を延元元年(1336)、天皇の皇太子・恆良親王(神器を有し、越前では即位したという説もあります)、尊良親王を奉じて敦賀の金ケ崎に籠城されました。翌年3月金ケ崎落城と共に、杣山へ、更に延元3年(1338)足利軍と福井平野で奮闘中、閏(うるう)7月2日(1338年8月25日)「藤島の戦い」(灯明寺畷の戦い)で壮烈なる戦死を遂げられたのであります。

御年38歳でありました。この閏7月2日を太陽暦に換算しますと8月25日に当たりますので、創建後の明治10年よりこの日を藤島神社の例大祭と定め、毎年厳粛なる祭典が盛大に行われております。

この新田義貞公戦死の地から明暦年間(1655~57)、義貞公の兜が発見されましたので、福井藩松平光通候は萬治3年(1660)そこに「新田義貞戦死此所」と刻んだ石碑を建立されました。これが国の史蹟として指定されている「史蹟灯明寺畷」(新田塚)であります。

新田塚

明治初年、この新田義貞公の忠誠に対し神として祀る運動が起こり、明治9年11月「別格官幣社藤島神社」が御創建されました。

その後、変遷がありまして同14年同郡牧ノ島に社殿を移しましたがここもまた水害が甚だしいため同34年5月、足羽山の現在地へ奉遷されたのが今の藤島神社であります。

御創建以来、御皇室をはじめ各宮家の御崇敬篤く、戦災・震災と二度の災害を被りましたが、全国各地の崇敬者の方々のご奉賛により、昭和31年御創立80周年大祭には總檜造りの拝殿が、昭和50年の百年大祭には宝物収納庫を兼ねた参集殿が、義貞公650年大祭には神符授与所等諸殿の復興がなされ、平成20年には御殉節670年大祭を迎えて平成の大修理及び境内整備が行われて現在の社域となっております。

福井市を一望する緑に囲まれた杜は、福井県はおろか全国より詣でる人々が絶えないことは御神慮の広大無限さに只々有難く真に恐懼に堪えません。

■ 神紋 十六葉菊花  五七桐

■ 社紋 大中黒(新田家一引両)

■ 境内地 27845㎡

■ 主要建物
本殿 木造銅板葺流造
拝殿 木造銅板葺人母屋造

■ 社宝

越前松平家・徳川公寄進の太刀をはじめとする古文書など60点

■ 文化財指定(重要文化財)

古兜、太刀(銘・則重)、太刀(銘・吉次)、結城宗広公書状

由緒 藤島神社

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